クリーガーさんが思う「シンプルさ」

2022.08.16

bigeye

 

 

私の最大の師匠はメル・クリーガー。彼の翻訳者・通訳者兼プロモーターとして10年ほどいっしょに仕事をさせてもらったことは、とても幸運だったと思います。彼の本は「エッセンス・オブ・フライキャスティング」ただ一冊(書きかけの遺稿はあるのですが、それをどうしようか、奥方とずっと話しています)。そして、彼が1990年ごろにFFF(現在はフライフィッシャーズ・インターナショナル)のために書いた、たった1ページの文章は、彼の到達した境地を語るものであり、かつこれから後進を指導したいという人たちにとって、必ず押さえておいて欲しい内容なので、(故人の許可に基づき)ここに掲載しておきます。シンプルの体現……言うは易く行うは難し、です。「それしかできない浅さ」と「一周回って戻ってきた深さ」の区別も、なかなか付きにくいものですが、凄みとはシンプルさの奥からにじみ出るものでもありましょう。では、以下はクリーガーさんがつづった珠玉の文です。

 

 

Mel

フランク・マタレリとともに、2004年

 

シンプルさの考察

 

「完璧」が達成可能だとするなら、それは付け加えるものがないという状態ではなく、取り去るものがなくなった状態だ。裸になるまで飾りをはぎ取った形である。  

 ……サン・テグジュペリ

 

飛行機を見ると分かるように、計算と計画、数多くの草案と青写真の結果として生まれるあらゆる人工物に関して、究極といえるのはシンプルだ。個人的には、効率をめざした現代的ビルの幾何学的な形よりも、茶色の砂岩を張ったクラシックな家やビクトリア朝ふうの邸宅を選びたいとはいえ、サン・テグジュペリの言葉には真実の響きが宿っている。完璧なフライキャスティングは、その良い例だ。まっすぐに伸びるライン、余分な力の入っていないロッド、無駄のない手や体の動き……すべてのエネルギーは、ロッドを通じてラインへ、そしてフライへと伝えられる。そして、この「シンプルさの原則」は、コミュニケーションと指導の面においても忘れることができない。

 

私の友人ネルソン・イシヤマは、著書「エッセンス・オブ・フライキャスティング」の編集を手伝ってくれたのだが、彼の貢献は言葉や文章の整理だけに留まらない。共同作業の初期段階において、彼は私にこう聞いた。「この本の目的は、キャスティングを教えることかい?」ほんとうのことを言えば、私がやりたかったことは、インストラクター仲間や世界を相手に、フライキャスティングはこういう風に分析するのだと示し、我が名を石碑に刻み込み、メル・クリーガーこそキャスティング相対性理論の提唱者であると認めさせることだった。しかし、当時の私はその気持ちを認めたくなかったので、ネルソンの提案どおり「これは学習のために役立つか?」というチェックをいちいち行うことにした。フライキャスティングには、数多くの複雑で込み入った理論的なコンセプトがあるが、それをできるだけ取り去って、基本的な真実と単純な説明だけを採用しようと決めたのだ。写真、イラスト、数多くの文字をゴミ箱に送った。そうすると、奇妙とも思えることが起こった。魚の殺戮者からキャッチ&リリースの実践者へと変身したように、私はいつしか、この新しい方向性が気に入りはじめ、生徒を教えるときにはかならず、シンプルさを心がけるようになったのだ。

 

シンプルさを、基本だけの指導、あるいは簡単さと混同しないで欲しい。普通は、その逆なのだ。上級キャスターの指導に際しては、きわめて基本的な調整が必要になる場合が多い。たとえば、手の位置をすこし変えるだけでテイリング・ループやタイミングの悪さが治ったりすることはよくある。しかし、基本の基本に原因を探し、調整を行うのは、簡単な仕事ではない。シンプルさのためには、長い時間、努力、そして経験が必要になる。ある有名な作家はこう書いて手紙を締めくくった。「長い手紙になって申し訳ない。時間があれば、もっと短くできたはずなのに」。

 

フライキャスティングの指導における最大問題の1つ、「教えすぎ」(オーバーティーチング)は、2つのパーツから構成されている。まず、生徒を1人にする時間を与えていないこと、つまり他人からの指導という邪魔が入ることなく、自ら学習を進めてゆく時間を与えていないこと。次に、教える内容の盛り込みすぎである。果たして、私はこの問題を克服できているか? とんでもない! 私自身、スクールにおける最大の問題は、多すぎる説明、長すぎる文章、多すぎる批判、多すぎる「やって見せましょう」……つまり、オーバーティーチングなのである。しかし、私たちインストラクターにとって、シンプルな「誰かにキャスティングを教える」という作業と、健全な自己意識(これは良いインストラクターに欠かせない要素でもある)間の複雑な関係を、バランスをとりながら改善してゆくためには、理解こそが第1のステップだ。そうすることによって、インストラクターも生徒も、ともに成長してゆく。

 

学びの真髄は、実行にあり。
教えの真髄は、刺激にあり。

東 知憲

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