TYING TIP May 20

2022.05.20

bigeye

 

丁寧に、なんども繰り返すこと

 

今年91歳になるメアリー・デッティには、会って話を聞いたことがあります。ニューヨーク州ロスコーは、ビーバーキルの流れのほとりにある小さな街で、うっかりするとすぐに見落としてしまうくらいの集落ですが、その中に控えめな看板を掲げた、お店ともなんとも分かりづらいクリーム色の外壁をした小ぎれいなお店の中にメアリーおばあさんは座っていて、フライの整理と伝票の処理をやっていました。目の前にはダイナキングのバイスと、各種の基本ツール類が、いつでも仕事を開始できるように置いてあります。東のデッティ家、西のハロップ家は米国フライタイイングの世界に残った2つのファミリー。1928年にウォルトとウィニーの夫妻がキャッツキル地方で開いたタイイングのビジネスは、娘メアリーに引き継がれ、メアリーの孫のジョー・フォックスが継ぎ、いまも地元タイヤーが巻いたフライを販売すると同時に、しっかりとした釣具店としても存続しています。

 

デッティ家が世に送ったオリジナル・パターンは数多くありますが、私が好きなのはウォルトが巻いたデラウエア・アダムズ。パラシュートではなくスタンダード・ハックル。高く浮くキャッツキル・ドライの基本シェイプを持ちつつ、英国流のボディーハックルのおかげでよく見えて、初夏の川にぴったりのカラーですから、東北に向かおうという私も1ダースほどこしらえようとしている段階。グリーンのボディが新緑の光の中でよく目立ち、魚も気に入ってくれます。

 

Delaware

本年3本目のデラウェア・アダムズ(改)ですから、まだ突っ込みどころ満載ですが…

 

彼らがタイイングを生業にしていた時代、マル秘テクニックは決して口外しないものだったようです。それは、アメリカン・フライフィッシングの父祖と考えられるセオドア・ゴードンからしてそうで、誰かを手取り足取り教えてしまうと、自分の食いぶちを減らしてしまうことに直結してしまう。ルーベン・クロスはそんな「伝統」に逆らって、”Tying American Trout Lures” 『アメリカのマス用ルアーを巻く』(かつてはフライもルアーの一種と分類されていました)と” Fur, Feathers and Steel” 『毛、羽根と鋼』(いいタイトルですね!!)を出版し、後続のキャッツキル・タイヤーたちを育てたことになりますが、彼とて、知っていることすべてを文字や写真で表現したとは思えません。クロスの後続世代になるウォルト&ウィニー・デッティとハリー・ダービーたちは、結局は先輩が巻いたフライを買って、解いて理解するしかありませんでした。本に書いてあることと、実際にやっていることが違っていたケースもあったそうです。

 

Cross

キャッツキル派テクニックの源流がここに初公開されたわけで… (1930年頃)

 

結局は、そうなんです。自分でやってみるしかない。どれだけ本で読んでも、ビデオを見ても、あるいはデモンストレーションをしてもらっても、ここぞというフライは自分で巻くのがもっとも確実な方法。現代社会に残った掃き残しの一角、チマチマしたことの多い釣りの世界においてもさらに特殊な領域がフライフィッシングです。私も、フライというエサを自分で作り上げることに慣れてしまったので、ごくたまに生餌やルアー、餌木(イカ用)をお店で買うには「えっと、準備はこれでいいんだっけな…」という罪悪感にも似た気持ちが伴います。

 

シーズン前、久しぶりに渓流用のドライフライを1本巻くと、いやになるくらいぎこちない。テールとしてむしりとる毛の本数やダビングの量、ハックルの巻き量などがぜんぜん理想と違う、ということを体が理解していない。3本くらいで、やっと感じがわかってきて、6本巻くころにはだいたい各所に油が回り、バランス感や指使いも戻ってきます。ロスコーのお店でメアリー・デッティと会ったときに「コマーシャルタイヤーとしての秘訣はなんですか? うまくなるにはどうすればいいです?」と聞くと、「同じものを、まとめてたくさん巻きなさいな」と言われました。僕は、彼女らのように1日100本もタイイングすることはできませんが、生産スケジュールは6本ずつにしています。そしてやっぱり、最後の1本の仕上がりがいちばん良い。マテリアルの選定、指使い、スレッドワーク、テンション操作などを組み合わせて良いエサができたときの充足感は、お金を稼ぐニーズとまったく関係がないところに集中を注いでいるというささやかな背徳感も含め、言葉に表現できないものがあります。

 

Harvey

ペンシルバニアの主、ジョージ・ハーヴェイがタイイングをアドバイス

 

この文章をお読みの方には、フライフィッシングを初めたばかりという方もいらっしゃると思いますが、次ステップとしてフライタイイングは強くお勧めします。向き・不向きは確実にありますし、これができないとフライフィッシングが楽しめない、ということは全くないですが、釣り人生を楽しむための取り組み課題として、タイイングほどポテンシャルの高い行為はあまりありません。また、釣り人としても才能豊かな人が、経験の重みのうえに作り上げたタイイングツールを使いこなす楽しみもあります。もし、タイイングに取り組んでみたものの、どうも好きになれないという人がいらっしゃるなら、ツールを入れ替えてみるのも手です。高い包丁を買っただけで、料理の腕が上がったように思う私のことで、他の方はどうかわかりませんが、ハサミ1つ、ボビンホルダー1つを取っても、よくできたものとそうでないものは、まったく気持ちの入り方が違ってくるものです。

 

Matarelli

 

 では、Tight Loops!

 

東 知憲

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