A Gift to An Old Fisherman 老境の釣り師への贈り物 by レネ・ハロップ

2014.03.27

ヘンリーズフォークに設けられたキャッチ&リリース・セクションのゆるやかな流れを釣るひとは、18インチを超えるマスを探すのだろう。サイトニンフィングが必要になるときもあるが、おもにライズの釣りである。食事内容は昆虫を中心とするレインボーは、7年以上も生きることがあるが、巨大に成長した個体はちいさなドライフライ、細いティペットではまったく太刀打ちできないように思える。フライロッドを手にする釣り人の大半もそうだろうが、そんな魚こそ、少年の頃から私をヘンリーズフォークに縛り付けているものだ。私は一人ではないことも申し添えよう。

 

 

例外はたしかにあるものの、成熟したマスのライズフォームは繊細で、波紋の大きさと魚の大きさが比例すると考える慣れない人の目は容易に見過ごしてしまう。流れの中央に突き出す鼻先や、岸沿いに生まれる小さな水のくぼみなどこそ、巨体の徴である。大型のサーフェイス・フィーダーを探すことができる人は、ちびのライズに惑わされることはほとんどないが、熟達の人にすら時におどろきが訪れる。満足のゆくマスと出会うことができる安定した状況も、ライズの下に特別な何かを隠していることがある。昨年の6月遅く、私はそんな場面に出会った。私の人生のなかでも二度とない体験だろうと思う。

 

 

光の強い夏の日にやってきた雲と小雨は、運を変えたようだった。数分前にはまったく生命感に欠けていた水面を流れるペールモーニング・ダンは、それまでどこにいるか分からなかった魚の注意を、ただちに水面に引きつけた。最初の20分間ほどは小ぶりがいっしんに捕食を行っていたが、広がる厚いウイードベッドの切れ目には大型がしだいに集まり始めた。まずはよく肥えた18インチほどの魚がかかったが、アクロバットにも似た跳躍で、すぐにフックを振り外された。気を取り直してウイードの下流側に目をやると、さらに大きな魚がライズしている。活発に水面から餌をついばんでいるその魚よりもやや上流側、クロスストリームにポジションを取り、40 フィートのリーチキャストを繰り出す。難しいプレゼンテーションではなく、魚はひと流し目でPMD イマージャーを押さえ込んだ。

 

 

 

フックの痛みはつねに大型魚から強烈な反応を引き出すものだが、あの爆発のような水柱と、信じられないようなプロポーションを持つレインボーと目が合ってしまう体験は予想していなかった。それから当然耐えるべき、上流に向かう長い走り、3メートル上からボーリングの球を落としたような二度のジャンプ。すでにバッキングが出ていたが、そこでラインが弛んだ。終わった。私は下流に顔を向け、妻のボニーと息子のシェーンが、この「力のショー」を見ていたか確かめようとした。

 

 

藻のかたまりにひっかかった、力なく浮かぶラインを巻き取るとき、私の心にあったのは失望ではなく、高揚と驚きだった。バッキングとフライライン半分ほどがリールに入ると、なぜかまた抵抗が感じられた。おかしいと思いながらプレッシャーをかけると、ロッドは見えない抵抗を受けてまた曲がり始め、動きが感じられるようになった。信じられないことだが、6x ティペットと #16 のフライは、三度の跳躍と100ヤードの疾走に耐え、いまだにその巨大な雌とつながっていたのだ。なぜそのマスが、上流に走り続けるのではなくもとの場所に戻ってこようとしたのかは分からない。しかしそれはまだ第1ラウンド、ファイトはまだこれから続くはずなのだ。

 

 

よくある次の戦術として、魚は密集した藻の中に体を潜り込ませようとしていて、まだつながっているという証は、時折伝わってくる尾の脈動だけだった。腰まで水に入った私は、3メートルほど離れたところに突き出した幅広い尾びれを見つけた。その魚を引き出すには、下流側から直線的にプレッシャーを加えること、それ以外の方法では勝ちめはない。私はロッドティップを魚の深さまで沈め、真後ろに引いた。この戦略は効いた。いらついて身をねじりながら、幅広い体が水面近くまで浮き上がった。必死の疾走を見せることはなかった。岸際の浅瀬を目指してバックしながら、私は次の一手を考えた。危険なウイードベッドからは引き出すことに成功したが、その魚はいま水底にべったりと貼り付いている。間に障害物はないので、私はロッドを水平に保ち、岸に向けてプレッシャーをかけることにした。一度にリールを数回転巻けるだけだが、このゆっくりとしたポンピングは彼女を着実に引き寄せた。苦痛になるほどスローながらも、希望が見えてきた。実際のところ、まったくミスマッチな相手との戦いに勝てるかも知れないと、私は思い始めたのだ。

 

 

18フィート・リーダーの継ぎ目がティップトップに入る時は運命の瞬間であるが、魚は落ち着いていた。水深が30センチもない場所に、巨大な魚が寄って来た。まったくなじみのない、現実であるかどうかすら疑ってしまうような状況だった。長いファイトのすえに、ちょっとした失敗のせいで、記憶に残ったであろうマスを取り逃がしてしまった経験は数えきれないほどだ。ネットを持ち、勝利が近づいてきたこの瞬間、アングラーは大きなプレッシャーを感じる。生涯に一度の魚がすぐそこにいて、まったく不釣り合いなネットを手に持っている場合、それは「強烈な緊張感」などをやすやすと超越する。魚の頭を浮かせ、構えたネットに滑り込ませるといういつものランディング・テクニックが通用すると思っていたのは、いま考えれば愚かだった。魚が大きすぎるのだ。しかし10分間も続いたファイトの締めくくり、最後の奇跡がおこり、27インチのヘンリーズフォーク・レインボーは小さなネットに体を収めることになった。ありえないことだが、この巨大なマスは降参したように、逆らうことなくネットに滑り込んできたのだ。今までにない経験に混乱し、傍目から見ても動揺がわかったであろう私は、これまでの出来事を理解しようとつとめていた。

 

 

 

20世紀の半分と、新世紀のすべてを使って、私はヘンリーズフォークのレインボーを追いかけてきた。釣りの日数は千単位にのぼり、キャッチしてきた大型も、おそらく同数近くになるだろう。その中には、真に巨大な魚との出会いも散らばり、何尾かは実際にランディングもできた。しかしティペットが細くフライが小さい場合、ヘンリーズフォークの巨魚にはかなわない場合がほとんどなのだ。体長が 24 インチを超え、重さが6ポンド以上になれば、スキルとタックルの両面が完璧にマッチしないと負け戦である。パワー、自由を望む意思の力、それらにおいて巨大なマスは優れており、ライズからネットに至るまでのプロセスには危険要因があまりに多い。

 

2013年6月30日の魚は、私が決して期待していたものではなく、キャストの時もこれほどのサイズとは思わなかった。私のキャリアで最大のレインボーとなったこの魚は、ヘンリーズフォークを釣り始めてから59年目の私に、与えられた。同じようなサイズのスティールヘッドも、アングラーの顔に笑みをもたらすだろうが、このレインボーが持つほんとうの意味は、ヘンリーズフォークに通い込んだトラウトハンターたちしかわからないのかも知れない。あの魚は、いっさいのハリ傷がない健康な個体で、ライトタックルでどうやって釣り上げることができたのかいまだに理解できない。ファイトの終盤、頭をすこし振るだけで、あるいは尻尾を振ってダッシュするだけで、簡単に自由になれたはずなのだが、その理由は永遠の謎になるだろう。説明のつかないことに関して、ボニーはいつもよいことを言う。今回もそうだった。「たぶん、老いた釣り師への贈り物なのよ」。(東知憲 訳)

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